五山送り火2014

8月16日は京都の夏の風物詩、五山送り火。
当日は京都各所で豪雨の被害が出ましたが、なんとか行うことが出来ました。
臨時バスを今年も京都駅で撮影してきました。


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こちらは京都駅行臨時バスで西賀茂の1773、2850、烏丸の930、梅津の2002、錦林京都の1490、1145、341です。
今までこれは東大路通の臨時かと思っていましたが、河原町通のようです。
206は千本通しか出ていないので、東大路通は何が出ているのでしょうね。
その他烏丸の1970、梅津の1160、1167、西賀茂の1393も走っていました。
烏丸が2台で西賀茂と梅津と錦林京都が3台ずつという感じですね。委託になっても錦林が出してくれたのは良かったです。



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こちらは4系統の臨時便で西賀茂の6239、1558、900、6232です。
ツーステ2台とヨドバシラッピング2台で結構良いレパートリーだったと思います。
4の臨時は赤い札で見慣れたので、白黒だとなんだか物足りないです(笑
17の臨時はありませんでした。



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こちらは205乙系統の臨時便で九条の2838、1252、烏丸の1496、970です。
烏丸の河原町通205臨時は1年に1度だけでしょうね。
九条は2011、2012も走っていました。



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こちらは205甲系統の臨時便で烏丸の1975、524、西賀茂の83、6236、梅津JRの1700、2273、1685、955です。
烏丸と西賀茂と梅津委託という構成はいつも通りです。
ただ梅津京阪はHIMRや丸目ブルリなどを出してくれましたが、今年の梅津JR便は面白みに欠けます。
臨時札を公式側に置くのは良いと思いますが(笑

205のLED復活ですね。実際は洛西代走や横大路代走で時折見られ、ちょうどこの日は洛西便が2663、横大路便が2685でした。でも1日3台もLEDの205が走るのはさすがにレアでしょうね。



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こちらは5系統の臨時便で九条京阪の1709、2820です。
22時前に2本5の臨時がやって来ました。
去年や一昨年は無く意外でしたが、2820は必要無かった気がします(笑

その他、3系統の臨時で梅津の1548と2836、37系統の臨時で西賀茂の691と2846なども走ったようです。
五山送り火に伴う臨時バスは以上です。


ここからはおまけで16日の夜に撮れたものを紹介します。

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こちらはぎおんよるバスで錦林京都の1513、西賀茂の2056、烏丸の1796、梅津の1448、九条の1229です。
ダイヤ改正後初登場ですね。京都駅行のよるバス幕は去年と変わっていません。
錦林は委託後も担当しており、西工ノンステの縛りも無くなってこの日は1513が充当されました。
九条のZazaも嬉しいです。



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こちらはかわらまちよるバスで九条京阪の1465、1744です。
これまた初登場です。
去年まで京都駅幕+ステッカーで運行していたかわらまちよるバスに、ついに専用幕が登場しました。
京都駅の上に「Kyoto Sta.」の文字があり、ぎおんよるバスと似たレイアウトになっています。



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こちらは205系統代走で九条京阪の94、洛西近鉄の925、錦林京都の341です。
16日は205代走が結構面白く、まず九条京阪便に94が入りました。
平日は6399がほぼ固定で入っていて、休日は普通の整理券車が入るのかわかりませんが17日日曜は1533でした。
以前206代走の94を見ましたが、205でも見られるとは思わず驚きです。

甲乙1周ずつ設定されている洛西便は2663と925でした。
休日ダイヤの洛西便は初めて見ましたが、CNGノンステは結構珍しいと思います。
ちなみに17日は2672と2655でした。

河原町三条発の錦林便はゆう薬局でした。これは205乙烏丸北大路止と繋がっています。
341は臨時京都駅行から流れて来ましたね。



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こちらは51入系統で西賀茂の1391です。
51入がまさかのフェニックスでした。
固定されていないので、いろんな所で見られますね。37入や北1代走なども見てみたいです。


以上です。

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京都駅前

すらいむさん こんばんは。

特に1558と900は4の青い系統番号と前面の光加減、キレイに撮れていますね。
マンハッタンの夜の光景みたい...チョット違うか。

京都駅前も様変わりしましたね。
81系統が四条河原町まで足を延ばしていたころ、復路は烏丸を下ってくるのですが、停留所の位置関係からか七条から塩小路までは東洞院を南行していました。
また、ご存知かも知れませんが、烏丸七条と京都駅前のあいだには、当時あった百貨店の名称そのままの、丸物前という停留所がありました。四条烏丸市バスセンター発桃山南口ゆき56系統となると、京都駅前には寄らずに塩小路を左折、東進していましたので、丸物前の案内アナウンスのなかで、「京都駅へお越しの方はここでお降り下さい」なんてテープ放送が聞けて、凄く新鮮でした。

今のアイランド式バス乗り場が出来たのは、確か地下鉄烏丸線開通のころだったと思うのですが、最初はA、B乗り場へはポルタ地下街からの階段でしか行けず、あまりにも不便だということで、後から横断歩道で行けるようになりました。乗ろうとするバスが見えていると、バス通路を横断、欄干を越えて行く人も居て、確かに危なかったです。

ちなみに子供の頃、当時住んでいた北区の実家から京都駅へ行くのに、市電ではなくバス利用のときは、今出川から丸太町まで智恵光通り経由という25系統利用で、また、逆番系統52は同じく今出川・丸太町間を七本松経由で走っておりました。今なら大型バス右折など、ひんしゅくでしょうね。

No title

NAOさん
竹田街道から四条河原町方面まで向かっていたのは81系統ではなく、82系統ですよ。
81系統は開設から数年後の横大路営業所開設時に中書島~横大路車庫間が延長された以外は経路変更はされていません。(竹田駅を通るのは特81ということで考えないものとしています)

どこかのツイートにもあったことですが、鉄道密集地帯でありながら、バス不毛地帯とされている今の伏見に比べると当時の伏見の市バスは本当に充実していたそうで、81系統も今でいう3系統とか5系統並みの本数があったとか…。

ちなみにかつての南7系統の前身にあたる57C系統というのも竹田街道を通ってたり、はたまた市電伏見線があったころだと、22系統のそれも向島行きの市バスも走ってたとか聞いたことがあります。さすがに大昔すぎることで、ご存知の方もそうそうおられないでしょうけどw

No title

こんばんは。

先ずは、すらいむさんのブログスペースで「業務連絡」をさせていただくこと、お赦し下さい。

快速きらら205号さん、仰っているように、82系統が正当でしたね、ウロ覚えですみません。
確か方向幕は四条の後ろに、河原町、烏丸が二段に書かれていましたね。
またまた出たとこついでですが、57系統改め南7系統もそうでしたが、土日曜は、醍醐車庫→竹田方向の15時台か16時台だけは、1時間に5本ぐらい運行設定されていた記憶があります。
国立病院の利便性を意識してのダイヤだったのでしょうか。
これも今となっては、ナンデダロ~♪なのです。

Re: 京都駅前

NAOさん
コメントありがとうございます。

いつもナンバーを基準にしてカメラを流しているので幕がブレてしまうことが多く、きっちり撮れているのは970くらいです。
僕の腕はまだまだ未熟なので、頑張って上達したいと思います。

烏丸七条と京都駅前の短い区間にもうひとつバス停があったんですね。
東洞院経由の82系統も知りませんでした。

いちいち地下からABのりばへ行かないといけないとは、たまらないですね。
今でもD付近からAやBへ行くとき、道を横切りたくなるものですし・・・。

智恵光院や七本松を通るバスがいたことを知った当時は驚いたものですね。
一時期25は寺之内智恵光院が終点だったようで、あんな普通のT字路が終点だなんてやはり昔は凄いです。

南7系統が夕方やたら本数が多かったのは醍醐車庫行ではないでしょうか。
臨5の入庫運用で南7を走っていたと聞いたことがあるので・・・。

Re: No title

快速きらら205号さん
コメントありがとうございます。

81系統は9系統ばりに貫禄ある路線だと思います。
竹田街道を通っていたのは22甲というようですね。まったく知りませんでした(笑

No title

すらいむさん
81が9系統並みに貫録がある路線なんて、とんでもないですw
確かに日本で最初の路面電車の電代路線ですし、歴史はありますが…。

南7の醍醐行きの夕方が無駄に本数が多かったという件なんですが、すらいむさんのおっしゃるように臨5運用の入出庫にかかわるものですね。
こんな流れで走っていたと聞いたことがあります。

醍醐→南7→竹田駅から回送で出橋→出橋始発の81→京都駅
この後、臨5を数往復
京都駅→81系統竹田出橋行(臨と表示)→出橋から回送で竹田駅→南7→醍醐

…という流れだったそうです。
聞いた話によると、南7が1時間5本となる時間帯は本当に数分間隔で南7が発車していたとか…
あとこれも聞いた話ですが、地下鉄が竹田延伸するまで(?)は81の始発は京都駅・中書島を5時半ごろに発車、最終は両側を23時ごろに発車するなんてダイヤだったそうで、京都駅からの始発、中書島からの最終は九条直営による代走だったそうです。
今も残ってたら九条京阪になってたところでしょうね…w

No title

すらいむさん 快速きらら205号さん

奥が深い! 南7の運行本数の件、疑問に思って20年以上経って、スッキリです。
有難うございます。

81系統の京都駅前時刻表を見て、( )印は中書島まで と書かれていたのを覚えています。早朝の京都駅前始発便に確かに( )が付いていました。

Re: No title

快速きらら205号さん
コメントありがとうございます。

81九条代走とは面白いですね。今なら確かに九条京阪でしょう(笑
しかし早朝の中書島行や深夜の京都駅行は需要があったように思えませんがね・・・。
今とは違ったと考えるべきなのでしょうか。

Re: No title

NAOさん
コメントありがとうございます。

快速きらら205号さんは僕よりお若いにも関わらず、81に関する知識はすばらしいです(笑
謎のダイヤにそんな理由があったというのは面白いですが、営業運転する必要があったのかはよくわかりませんね・・・。

No title

今でこそ、早朝夜間の81代走なんて、需要はないかもしれませんが、地下鉄が竹田に伸びるまでは、やはり電代バスとして、そして市内と伏見をつなぐ重要幹線系統として、機能していた(この当時は今ほど、伏見も鉄道網が充実しているとは言えなかったと思う)わけですから、そのような代走があっても需要はあったのだと思います。
というか、地下鉄竹田延伸というのが81にとって、あまりに大きすぎる変換点で、81は廃止や竹田までの路線に縮小されなかっただけ、まだよかった。といういい方がふさわしそうですね。実際そんなことをした結果、伏見区は多くの区間で利用客が減っているようですし…

それはそうと、81の知識だけは豊富とか、とんでもないですw
大半はよそのブログや掲示板から得た、81沿線民として興味深かった情報ばかりですから…w
伏見区内の市バス網と鉄道網のかかわりは非常に興味深いものがありますので、近々、ブログのほうでピックアップしてみたいと思います。もうすぐ夏休みも終わるんですが…w

Re: No title

快速きらら205号さん
コメントありがとうございます。

地下鉄延伸前はもっと多くの需要があったのでしょうね。
京都駅に行かない81は81じゃないと思います(笑

伏見の話題、楽しみにしておきます。
しかし夏休みがまもなく終わるのが大問題ですね。僕も窮地にいます。
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